こんばんは、クラです。
お知らせの前に、東北太平洋沖地震を被災された方々にお見舞い、なくなられた方にご冥福をお祈りしています。
個人では募金くらいしかできませんので、そういう方面でご支援させていただきます。
カラオケ101福生クラブでも募金箱を設置し、被災地区の方々になにかできないかといろいろ考えをめぐらせているようです。
さて、私は4月から社会人となりますが、その前に悲しいお知らせとなります。
私のアルバイト先であったカラオケ101青梅新町クラブは3月22日を持ちまして、弊店という運びになりました。
HPなども私が管理していたので、こちらは閉鎖という形を取りました。
このブログは個人で作ったものなので、これからも続けていこうかと思います。
さて・・・ここで思い出話でも書いてみようかと思います。
私がカラオケ101に入ったのは19歳というピチピチな感じでしたw
このころは髪の毛が黄色だったり、赤だったり・・・いろいろ派手にやらかしていたので、当時の部長であった方にはかなりご迷惑をかけました^^;
特に身だしなみの意味で・・・。
もともと接客業が好きであった私は、身だしなみ以外の面ではそれなりの自信を持っていましたが、意外と高年齢層のかたが多い店でしたので、いろいろお客様との世間話でアドバイスをいただいたのをよく覚えています。
特に
「君のように芯の通った態度をとり、きちんと接客ができていれば男は髪の色が世間で受け入れがたい形であったとしてもかまわないと思う。若いうちはね!」
というアドバイスを受けた際に感動したのを覚えています。
自分の中で、髪の色は個人の自由だけど、接客業としての態度はきちんと取るという信念で仕事をしていたので、お客様にきちんと伝わっていたんだなっと感じ取れた出来事だったので。
その2年後。
私を採用してくれたアルバイトリーダーも社会人として旅立ちました。
このころから知らぬ間に古株となっていた私は、前リーダーの遺志を継ぐため、いろいろと試行錯誤し、私の時間帯であるB番の環境を整え始めることにしました。
それをしていくうちに、私がアルバイトリーダーとなり、髪を過激な色に染めることもなくなり、ほかの時間帯のアルバイトよりたくさんの仕事をするということを目標にいろいろと変えていきました。
新しい社員がきたり、店長がかわったり・・・その後は時間が早いスピードで流れるようになって、D番のリーダーと社員と協力し、企画やらを試行錯誤する日々でした。
そのような経験は普通のアルバイトではできなかったと思います。
そんなこんなで自分たちで作ったドリアフェアが結果を残し、あとは自分もそろそろ卒業だなっと思っていた矢先に閉店が決まりました。
カラオケブーム絶頂期から開店し、カラオケブームの終焉の時代に店を閉める。
時代の流れを汲んだうまいやり方だと思います。
自分の卒業とともに閉店の手伝いまでできたのは、経験としては非常によかったと思います。
さてさて、思い出話も飽きてきたので^^
新町クラブ閉店後は福生クラブでお世話になっていたんですが、それも終わり、本当に今日で卒業です。
また暇なときにでもこのブログは続けますので、よければ見てください。
おそらく、かなり趣味性の高いブログになっていくと思いますがw
以上、カラオケ101青梅新町クラブの最後でした。
カラオケ101青梅新町クラブですごした日々、お客様に声を大にしてありがとうと叫びたくなったクラでした。